目次:細菌感染症/真菌感染症/ウイルス感染症/原虫感染症/蠕虫感染症/病原体と紛らわしい構造物/結語/文献/ 写真説明/索引/謝辞

細胞診でみつかる病原体
Pathogens detectable in cytology specimens

藤田保健衛生大学医学部第一病理学  堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.
e-mail: tsutsumi@fujita-hu.ac.jp


  日常の病理診断においては、一般に良悪性の判定に重点をおきがちとなり、つい感染症や病原体に関する記述がおろそかになる傾向がある。細胞診のクラス分類が悪性腫瘍スクリーニングのためのシステムである点は、感染症などの非腫瘍性疾患の細胞診断を軽視しがちとなることを助長している。病原体の同定・推定は治療法の選択に直結することを改めて認識したいものだ。病原体に対する生体反応のパターン認識は組織診に劣るが、細胞診は組織診より病原体を同定しやすい場合が少なくない。
  本稿では、診断確定に寄与する組織・細胞化学に触れつつ、感染症の細胞診断に役だつ形態像をアトラス風に提示した。ウイルス感染症から寄生虫症まで広い領域をカバーしてみた。個々の病原体・感染症の詳細については成書や総説を参照されたい。1-6)

1. 細菌感染症

 喀痰塗抹標本などのGram染色は、呼吸器感染症の診断に必須の検査だが、通常、細菌検査室の守備範囲になるので細胞診領域ではなじみが薄い。しかし、感染症診断における喀痰の重要性を認識するために、病理医も細胞検査士も頻繁に細菌室に足を運ぶべきだろう。  喀痰のGram染色所見として、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌Methicillin-resistant Staphylococcus aureus (MRSA)(図1)、肺炎球菌Streptococcus pneumoniae図2)および肺炎桿菌 Klebsiella pneumoniae図3)による肺炎例を提示する。図4には膿胸穿刺塗抹標本に観察された緑色連鎖球菌 Streptococcus milleri (α溶血を示す嫌気的な口腔内常在菌)のGram染色像を示す。

  病理解剖に際して細菌性肺炎に遭遇するのは日常的である。可能な限り、心臓血と肺炎病巣からの細菌培養検査を励行したい。院内感染の病原体たるMRSAの感染症を証明し、院内感染防止に役だてることは病理医の大きな役割のひとつと考えたい。肺炎病巣部から塗抹標本を作製し、Gram染色ならびにGiemsa染色を行うことの有用性も高い。   図5にはレジオネラ肺炎を疑われた大葉性肺炎病巣の塗抹標本にみいだされたグラム陰性桿菌のGiemsa染色所見を示す。大型桿菌がマクロファージに貪食されている。   図6はレジオネラ感染症の塗抹ヒメネスGimenez染色所見である。赤く染色される多数の桿菌がマクロファージに貪食されている。レジオネラは結核菌と同じく、細胞内寄生性細菌の代表である。

  呼吸器細胞診で診断価値の高い疾患として、結核症とノカルジア症を示そう。   図7は類上皮細胞の集塊で、結核性肉芽腫病巣からの気管支擦過細胞像である。   図8にはステロイド治療中の潰瘍性大腸炎患者に併発した肺ノカルジア症を示す。Grocott染色の形態から本症が推定され、事実、その後の喀痰培養で Nocardia asteroides が検出された。

  婦人科細胞診においても、的確な細菌感染症の診断が求められる。図9に示す正常膣粘膜の常在菌であるデーデルライン桿菌Doderlein’s bacilli(グラム陽性で嫌気的な乳酸桿菌の一種)は、細菌性膣炎では完全に消失し、いわゆるclue cell(図10)を認める。扁平上皮細胞に群がる小型細菌(グラム陰性)は Gardnerella vaginalis と称され、帯下を訴える婦人では頻繁に観察される。この点を的確に指摘すれば適切な治療につながるのだが、多くの症例で「癌や異形成はない」(陰性)のコメントに終始しているのはとても残念だ。

  図11にはグラム陰性の非病原性糸状細菌であるレプトトリックス Leptothrix を示す。   図12は子宮頚癌術後の膣内に認められたムコイド型緑膿菌感染症のpap染色所見で、ムコイド物質に包まれた緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa の塊が好中球貪食を免れている。いわゆるバイオフィルム感染症の一つであり、気道でも難治性持続感染の原因となる。

  図13には膣クラミジア症にみられる“星雲状封入体nebular inclusion body”を示す。Chlamydia trachomatis 感染が疑われる場合はぜひ免疫染色を追加したい。「再染色法」を利用した免疫染色で、細胞質内封入体に一致してC. trachomatis 抗原が局在している。擦過材料1枚のみ提出されることの多い婦人科細胞診では、免疫染色や in situ hybridization (ISH) 法の応用に制約がかかる。組織化学染色が必要な場合は、カバーガラスをはずしpap染色の脱色後に再染色するか、標本を別のシラン処理ガラススライドに「転写」して標本を分割するとよい。4,6)

  図14には男性の淋疾における化膿性尿道分泌物のGiemsa染色像を示す。好中球の細胞質に、貪食された淋菌 Neisseria gonorrhoeae が多数観察される。グラム陰性球菌で、2個の菌がペアをなす双球菌の形態をとる。pap 染色標本では淋菌は認識できない。最近の男性淋疾は、女性の無症候性淋菌性咽頭炎からoral sexによって感染する場合が多い。

  膀胱炎で提出される尿細胞診検体に多数の桿菌を認めるのは日常的である。この場合も、外来検査室に細菌尿の存在報告をまかせるのではなく、きちんと細菌性膀胱炎の細胞診断を下すべきである。大腸菌などのグラム陰性桿菌(腸内細菌)が原因のことが多い。同様に、胆汁細胞診細胞診標本に癌細胞に混じて、多数の細菌(桿菌)を認めることがある(図15)。この場合も、細菌の存在診断を明記してほしい。Giemsa染色はpap染色より細菌をみつけやすい。図16には胆汁中でフィラメント化・スフェロプラスト化(球形化)した K. pneumoniae を示す。広域ペニシリンあるいはセフェム系抗生剤の投与によって形を変えた変性腸内細菌の姿である。真菌との鑑別上、ぜひ知っておきたい。尿中細菌にも同様の形態がしばしば観察される。
  体腔液に多数の細菌を認める場合(図17)は、検体採取後の増殖(しばらく常温に放置された)をまず考えねばならない。放置された尿検体では、細菌のウレアーゼ活性によってアルカリ化が進むと、リン酸アンモニウム・マグネシウム結晶や無晶性リン酸塩が析出しやすい(臨床的意義は乏しい)。当然ながら、回腸導管尿には無数の細菌が混在している。

  図18に胃生検捺印塗抹標本に観察されたピロリ菌 Helicobacter pylori を示す。Giemsa染色や迅速Giemsa染色(ディフクイック法)が有効だが、pap染色は適さない。胃生検塗抹はピロリ菌の同定に適した方法である。Gastrospirillum hominis ( H. heilmanni )は、ねじれがつよい大型らせん菌として観察される。

2. 真菌感染症

  真菌感染症はpap染色やGiemsa染色でも診断可能だが、PAS染色、Grocott染色を併用するとわかりやすい。 図19に鵞口瘡thrush(口腔カンジダ症)の喀痰細胞診所見を示す。標本一面にオレンジG好性を示す酵母状のカンジダ発芽胞子が認められる。細胞反応が乏しいのが特徴である。一方、膣カンジダ症では、多数の好中球浸潤の間に偽菌糸をのばして増殖する Candida albicans を認める(図20)。 図21には Candida glabrata あるいは Torulopsis glabrata と称される酵母型真菌を示す。本菌はC. albicans のような偽菌糸を形成せず、C. albicans よりやや小型の発芽胞子が観察されるので、pap染色で同定可能である。炎症反応の乏しいことが多い。図22には尿中に検出された Trichosporon cutaneum の菌糸を示す。Candida との識別はむずかしいが、PAS染色にムラがある点が特徴である。

  肺アスペルギルス症では、喀痰中に鋭角に分岐する Aspergillus fumigatus の菌糸が認められる(図23)。通常、多数の好中球反応を随伴している。肺クリプトコッカス肉芽腫症の気管支擦過細胞診では、酵母型真菌 Cryptococcus neoformans が多核巨細胞に多数貪食されている(図24)。アスペルギルスとクリプトコッカスに対する細胞反応の違いを再確認しよう。クリプトコッカス髄膜炎の髄液細胞診では、ごく少数の酵母型真菌を捜すことが要求される(図25)。
  図26には肺アスペルギローマ症例の気管支洗浄液に認められたアスペルギルス胞子(分生子)を示す。空洞内に形成されたほうき状の分生子頭から分離した遊離胞子がGrocott染色で一見クリプトコッカスに類似していたが、マクロファージに貪食されていないことが鑑別点となった。

  細胞診断にGrocott染色が求められる疾患の代表はカリニ肺炎である。Pneumocystis carinii の帰属は長年不明だったが、最近になって原虫ではなく真菌の仲間であることがほぼ確定した。カリニ肺炎では喀痰採取の困難な症例が多く、診断確定のため気管支洗浄による細胞診検査が行われる。pap 染色では嚢子が溶血赤血球の集簇状に観察されるが、診断確定のためGrocott染色が必要となる(図27)。免疫染色でも特異的陽性所見が得られるが、PAS染色は陰性である。

3. ウイルス感染症

  環状二本鎖 DNA を有する小型イボウイルスPapovavirusに属すヒトパピローマウイルスhuman papillomavirusによる感染症は、良性の性感染症である尖圭コンジローマ(6、11 型)と子宮頚部異形成や扁平上皮癌をもたらす(16、18、31、33、35、39、45、52、53、56 型など)。前者では、軽度異形成を示す表層型扁平上皮に核周明庭を伴うコイロサイトーシスkoilocytosisを認める(図28)。後者(図29)では、ウイルスゲノムは宿主DNAにintegrateされ、ISH法でドット状の陽性所見を呈する(再染色法による)。

  図30は尿沈渣中にみられたBKウイルス感染移行上皮細胞で、Decoy cell(おとり細胞)と称される。すりガラス状核内封入体が観察され、ポリオーマウイルスを広く認識する抗SV40抗体に反応する。核内には電顕的に小型ウイルス粒子が多数観察される。Papovavirusに属すBKウイルスは免疫不全状態の患者の尿路上皮に日和見感染を生じる。多くの場合、炎症反応を誘発しないが、出血性膀胱炎をきたすことがある。

  図31には外陰部における単純ヘルペスウイルスherpes simplex virus感染症を示す。感染扁平上皮細胞はしばしば多核化する。核内封入体はすりガラス状を呈することが多いが、ときにCowdry A型(有へそ型)の核内封入体を伴う。 図32にはエイズ症例の喀痰中に観察されたサイトメガロウイルスcytomegalovirus感染細胞を示す。大型好塩基性の核内封入体が特徴的である。感染細胞が腫大する点と細胞質内封入体を伴う点が単純ヘルペスウイルスや水痘・帯状疱疹ウイルスとの違いである。

  図33には慢性活動性Epstein-Barr (EB)ウイルス感染症の腹水にみられた異型リンパ球(大型顆粒リンパ球)を示す。アズール顆粒を有する異型リンパ球はCD56陽性のNK細胞であり、核内にEBER1(EBウイルス関連小型RNA)のISH法陽性像が観察される(cell block標本)。感染細胞(リンパ球や上咽頭上皮)の増殖性病変を誘発するEBウイルスは、上記した他のヘルペスウイルスと異なり、通常、核内封入体を形成しない。

  図34には流行性角結膜炎(アデノウイルス8型感染症)の結膜擦過細胞所見(ディフクイック染色)を示す。アデノウイルスadenovirusは核内封入体として観察される。感染力がつよいため、眼科外来での感染の伝播防止に細心の注意が要求される。アデノウイルス感染症は、ウイルスの型に応じて、ほかに肺炎、膀胱炎、腸炎などの病型を示す。

4. 原虫感染症

  細胞診でもっともなじみ深い原虫感染症は、鞭毛虫に属す Trichomonas vaginalis による膣トリコモナス症である。Pap染色では背景に炎症性変化がめだち、しばしばcannon ball patternを示す好中球の集簇を認める(図35)。周囲に表層系扁平細胞(グリコーゲン含量の多い)が主体である点が膣カンジダ症と違いである。T. vaginalis はミトコンドリアを欠くため、グリコーゲンを利用した嫌気的代謝を行う。性周期が分泌期となって中層系上皮細胞が主体になると、好中球よりやや大きい緑色の無構造物質として観察される原虫体はめだたなくなる。鞭毛構造はpap染色では確認できない。

  図36には胆汁中のランブル鞭毛虫 Giardia lamblia (栄養型)を示す。二核を有する対称性の形態と多数の鞭毛の存在が特徴的である(Giemsa染色で明瞭)。本原虫は上部小腸表面および胆嚢内に寄生する。便中には四核の嚢子を排出する。

  図37は肝膿瘍穿刺液中に認められた赤痢アメーバ Entamoeba histolytica の栄養体を示す。高度の壊死性背景に少数の大型マクロファージ様原虫が散在し、PAS染色陽性を示す(周囲の変性好中球はPAS陰性となる)。赤痢アメーバは、上述の膣トリコモナス、ランブル鞭毛虫とともにミトコンドリアを欠く真核生物であり、代謝は嫌気的でグリコーゲンに富む。核クロマチンが核中央部あるいは核辺縁部に凝集する。核周囲細胞質(エンドプラスム)はライトグリン好性を示すが、周辺部(エクトプラスム)の染色性は乏しい。

  図38には口腔内(とくに歯周部)に常在する歯肉アメーバ Entamoeba gingivalis の栄養体を示す。好中球を貪食している。歯槽膿漏患者には多数みられるが、病原性はない。

  クリプトスポリジウム Cryptosporidium parvum は小腸吸収上皮の微絨毛内に寄生する小型原虫であり、エイズ症例の難治性・致死的下痢症の原因として重要である。下痢便中の嚢子がZiehl-Neelsen染色陽性(抗酸性)を示す点は、糞便検査上、診断価値が高い(図39)。ネズミやウシにも感染する人畜共通感染症である点が予防対策上問題となる。エイズ患者ないし男性同性愛者に合併する消化管日和見感染症はgay bowel syndromeと総称される。原虫類では、ランブル鞭毛虫、赤痢アメーバおよびクリプトスポリジウムが3大要因となる。これらはエイズや同性愛と無関係に発生しうるが、わが国でもアメーバ赤痢の半数以上は男性同性愛者に発症する。

  図40にはアカントアメーバ Acanthoamoeba castellani 感染による角膜炎の擦過細胞所見を示す。嚢子は表面がしわ状を呈する厚い嚢子壁を有する。栄養体ではクロマチンが核中央部に凝集する。汚染コンタクトレンズの使用が感染原因となる。

 図41は免疫抑制剤投与を受けたマウスの腹水中に観察された Encephalitozoon cuniculi を示す。この人畜共通の小型原虫による感染症はミクロスポリジウム症と総称され、エイズにおける日和見脳炎・腸炎などの原因として米国で問題視されている。

  図42には Leishmania tropica による限局性皮膚リーシュマニア症(都市型)の生検組織の捺印塗抹所見を示す。本患者はインドでサシチョウバエに刺されて感染した(輸入感染症)。本病型では全身諸臓器への感染拡大はない。マクロファージ細胞質内に多数貪食される小型円形の原虫がGiemsa染色で明瞭に観察される。pap染色ではややわかりにくい。

  鞭毛を有する Trypanosoma gambiense の末梢血塗抹像を図43に示す。致死性の高いアフリカ嗜眠病の原因となる。 図44には三日熱マラリア原虫 Plasmodium vivax の血液塗抹像を示す。輪状体を有する赤血球は腫大し、シュフネル斑点を伴う。アメーバ体(マラリア色素形成を伴う)、分裂体や生殖母体が末梢血に出現する。熱帯熱マラリア(悪性脳マラリア) P. falciparum の末梢血所見(図45)と剖検時脾臓の捺印塗抹標本(図46)を示す。末梢血赤血球ではマラリア原虫は環状体の形で観察される。血球腫大や斑点形成はなく、アメーバ体や分裂体は出現しない。脾臓のマクロファージ内では、黒色のマラリア色素と分裂体が形成されている。なお、マラリア原虫の観察には、Giemsa染色液のpHを通常の6.4の代わりに7.2にするとよい。

  図47には輸血歴のある日本人男性の末梢血中に認められたバベシア原虫 Babesia microti を提示する。無数の輪状体を認める割には臨床所見に乏しい。バベシア症はマダニにより媒介されるが、ヒトへの感染はまれである。脾摘患者に感染しやすい。

5. 蠕虫感染症

 図48には喀痰中に観察されたウェステルマン肺吸虫 Paragonimus westermani の虫卵を示す。小蓋を有する黄金色の虫卵と好酸球反応が特徴的である。胆汁中に認められた肝吸虫 Clonorchis sinensis と肝蛭 Fasciola hepatica の虫卵をそれぞれ図49および図50に示す。肝吸虫卵は横川吸虫卵と並んでもっとも小型の虫卵に属し、内部にミラシジウムが形成されている。小蓋を伴う徳利形を示す。一方、肝蛭卵はもっとも大型の虫卵に属し、内部にミラシジウム形成はない。

 図51には尿中にみられたビルハルツ住血吸虫 Schistosoma hematobium の虫卵を示す(一端にトゲあり)。経皮感染するビルハルツ住血吸虫は骨盤静脈叢に寄生し、流行地域の小児に血尿を頻発させる。わが国には存在しないが、アフリカ大陸のナイル川流域やサバンナ地帯を中心に蔓延している。遠心操作により人工的に卵殻が壊れると繊毛を有するミラシジウムが孵化する。 図52は小児尿中に混入した蟯虫 Enterobius vermicularis の卵(無染色標本)である。仔虫包蔵卵で、非対称性の「柿の種」形を示す。

 図53にはタイのエイズ患者の喀痰中に認められた糞線虫 Strongyloides stercoralis のフィラリア型幼虫を示す(播種性糞線虫症で最重症型)。 図54は尿中に偶発的に観察された自由生活性小線虫(幼虫)である。病原性はなく、通常無症状である。糞線虫との形態的識別は困難である。 図55には日本人の末梢血中に観察されたミクロフィラリア(マレー糸状虫 Brugia malayi の幼虫)を示す。

6. 病原体と紛らわしい構造物

  呼吸器細胞診検体ではGrocott染色が粘液顆粒にも陽性となる点はとくに注意したい。  図56には気管支擦過標本にみられたカリニ嚢子と紛らわしいGrocott陽性粘液顆粒を提示する。カリニ肺炎の診断は、杯細胞の破壊が避けられない擦過標本でなく、気管支洗浄液で行いたい。同様に、カリニやクリプトコッカスと紛らわしいGrocott染色陽性所見は、手袋に付着する澱粉粒子によってももたらされる(図57)。大小不同がある点と、pap染色の形態所見(重屈折性で中央部にヘソがある)で容易に区別される。

 標本作製過程における細胞標本への偶発的混入物を以下に示す。  図58はアルテルナリア Alternaria alternaria(空中に浮遊する非病原性黒色真菌)、  図59は花粉、図60は小型ダニの一種であるヒョウダニ(気管支喘息の原因)、 図61は空中を浮遊する Helicosporium 属真菌の混入所見である。これらを病原性のある病原体と誤認しないことが大切である。

 図62には尿沈渣にみられた尿酸カルシウム結晶を示す。虫卵(とくにビルハルツ住血吸虫卵)と紛らわしいが、サイズが大きく不揃いな点、黄褐色を示す点、光沢を有し硬い感じを示す点などで識別できる。

 図63には myospherulosisの所見を示す。上気道、とくに副鼻腔の炎症性嚢胞性病変に随伴して小型球状物endobodyを含む病原体類似構造物が出現する。一見、 C. neoformans を貪食する巨細胞や内胞子をつくる Coccidioides immitisRhinosporidium seeberi に類似する。このmyospheruleは赤血球を貪食した組織球が本態であり、Grocott染色、PAS染色陰性である。真菌症と識別を要する。myospherulosisの名称は、頭頚部筋肉内に形成された嚢胞状病変に小球状構造がみいだされたことに由来する。

  クラミジア性細胞質内封入体と紛らわしい空胞変性を示す子宮頚管上皮を図64に提示する。“星雲状封入体”に比べて境界が明瞭である点で区別される。

結語

  細胞診断で遭遇する可能性のあるさまざまな病原体・感染症の細胞所見を提示した。性風俗の変化、輸入感染症の増加や免疫抑制療法の多用に伴い、思いもよらない感染症にめぐりあうチャンスが増加している。多種多様な病原体を形態像のみから言いあてることはむずかしい場合がある。しかし、感染症の正確な診断は治療に直結する。だからこそ、臨床的ならびに疫学的な知識を十分に加味した上で、速やかな細胞診断に到達できるよう努力したいものだ。

文献
1)堤寛.性感染症(STD).顕微鏡による同定.免疫組織化学とin situ hybridization法.臨床検査 1996; 40: 679-686.
2)堤寛.感染症.細胞診と酵素抗体法(長村義之編).武藤化学、1997、pp. 112-130.
3)堤寛.肺感染症の病理.呼吸 1998; 17: 778-793..
4)堤寛.免疫組織化学.感染症診断への応用.病理と臨床 2000; 18(臨増): 216-221.
5)堤寛.感染症病理アトラス.文光堂、東京、2000(全349ページ).
6)堤寛.細胞診−21世紀への展望.感染症.臨床検査2000, 44: 1399-1408.

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写真説明

図1メチシリン耐性黄色ブドウ球菌性肺炎(喀痰塗抹、Gram、x500)
図2肺炎球菌性肺炎(喀痰塗抹、Gram、x500)
図3肺炎桿菌性肺炎(喀痰塗抹、Gram、x500)
図4緑色連鎖球菌(口腔内常在菌)による膿胸(胸水塗抹、Gram、x500)
図5レジオネラ肺炎を疑われた肺炎病巣の塗抹標本(剖検時肺塗抹、Giemsa、x500)
図6レジオネラ肺炎:細胞内寄生性桿菌の感染(塗抹捺印標本、Gimenez、x500)
図7肺結核症における類上皮細胞集塊(気管支擦過、pap、x200)
図8ノカルジア肺炎(喀痰、ステロイド治療中、Grocott、x100)
図9デーデルライン桿菌(正常成人女性の子宮膣部擦過、pap、x200)
図10細菌性膣炎:ガルドネレラ感染によるclue cell(子宮膣部擦過、pap、x200)
図11レプトトリックス、非病原性(子宮膣部擦過、pap、x200)
図12ムコイド型緑膿菌によるバイオフィルム感染症(子宮膣部擦過、pap、x500)
図13クラミジア性頚管炎の“星雲状封入体”(子宮頚管擦過、左:pap、右:再染色した酵素抗体法、x500)
図14淋菌性尿道炎(男性の尿道分泌物、Giemsa、x500)
図15胆嚢腺癌に合併した急性細菌性胆嚢炎(胆汁、Giemsa、x500)
図16フィラメント化し、球状のスフェロプラスト形成を伴う肺炎桿菌(胆汁、広域抗生剤投与後、pap、x500)
図17腹水中に増殖した細菌(常温に放置された腹水検体、Giemsa、x500)
図18慢性活動性胃炎におけるピロリ菌(胃生検捺印塗抹標本、Giemsa、x500)
図19口腔カンジダ症(鵞口瘡)(喀痰、pap、x100)
図20カンジダ性膣炎(子宮膣部擦過、pap、x200)
図21Torulopsis glabrata、非病原性(子宮膣部擦過、pap、x500)
図22Trichosporon cutaneum による膀胱炎(尿、pap、x200、inset:PAS、x500)
図23肺アスペルギルス症(喀痰、pap、x100)
図24肺クリプトコッカス肉芽腫症(気管支擦過、pap、inset:PAS、x200)
図25クリプトコッカス髄膜炎(髄液、pap、x500)
図26肺アスペルギローマにおけるアスペルギルス胞子(気管支洗浄液、Grocott、x200)
図27カリニ肺炎(気管支洗浄液、pap、x100、inset:Grocott、x500)
図28コイロサイトーシスを示す軽度異形成(子宮膣部擦過、pap、x200)
図29高度異形成におけるHPV16型DNAのドット状核内局在(子宮膣部擦過、pap、inset:HPV16型DNAに対するISH法、再染色法、x330)
図30BKウイルス感染症:Decoy cells(自然尿、pap、x200、inset:核内電顕所見、x50,000)
図31単純ヘルペスウイルス感染症(外陰部擦過、pap、x200)
図32サイトメガロウイルス感染症(エイズ例の気管支洗浄液、ディフクイック、x400)
図33慢性活動性EBウイルス感染症における大型顆粒リンパ球(腹水、Giemsa、x500、inset:cell block標本におけるEBER1染色、ISH法、x250)
図34アデノウイルス性流行性角結膜炎(結膜擦過、ディフクイック、x200)
図35トリコモナス膣炎(子宮膣部擦過、pap、x200)
図36ランブル鞭毛虫症(胆汁、Giemsa、x500)
図37赤痢アメーバ性肝膿瘍(HIV陽性者の肝穿刺液、pap、x500)
図38歯肉アメーバ(歯槽膿漏部擦過、pap、inset:Giemsa、x200)
図39クリプトスポリジウム嚢子(エイズ患者の下痢便、Ziehl-Neelsen染色、x200)
図40アカントアメーバ角膜炎(角膜擦過、嚢子、pap、inset:パーカーインク法、x500)
図41ミクロスポリジウム症:Encephalitozoon cuniculi 感染症(マウス腹水、Giemsa、x500)
図42都市型皮膚リーシュマニア症(皮膚生検の捺印塗抹、Giemsa、x430)
図43ガンビア・トリパノソーマ症:アフリカ嗜眠病(末梢血、Giemsa、x500)
図44三日熱マラリア(末梢血の輪状体、Giemsa, pH 7.2、inset:アメーバ体、x500)
図45熱帯熱マラリア(末梢血の輪状体、Giemsa, pH 7.2、x500)
図46熱帯熱マラリア(脾臓捺印塗抹、マラリア色素と分裂体、Giemsa、x500)
図47バベシア症(ヒト末梢血、輸血歴あり、Giemsa、x250)
図48肺吸虫症(喀痰、黄金色の虫卵、pap、x100)
図49肝吸虫症(胆汁、ミラシジウムを有する小型虫卵、pap、x200)
図50肝蛭症(胆汁、大型の虫卵、pap、x100)
図51ビルハルツ住血吸虫症(自然尿、左:pap、棘形成を伴う大型虫卵、右:Giemsa、繊毛を有するミラシジウム、x200)
図52尿中の蟯虫卵(無染色尿沈渣、小児例、x400)
図53播種性糞線虫症(エイズ患者の喀痰にみられた幼虫、タイ人、pap、x100)
図54偶発的に認められた自由生活性線虫の幼虫(自然尿、pap、x100)
図55マレー糸状虫のミクロフィラリア(末梢血、Giemsa、x200)
図56P. carinii と紛らわしい破壊された杯細胞の粘液顆粒(気管支擦過、Grocott、x500)
図57クリプトコッカスと紛らわしい澱粉顆粒(気管支洗浄、Grocott、inset:pap、x200)
図58アルテルナリア(婦人科細胞診標本への偶発的落下、pap、x200)
図59花粉(婦人科細胞診標本への偶発的落下、pap、x100)
図60小型ヒョウダニ(婦人科細胞診標本への偶発的落下、pap、x400)
図61ミクロフィラリアと紛らわしい Helicosporium 属真菌(末梢血標本への偶発的落下、Giemsa、x200)
図62ビルハルツ住血吸虫卵と紛らわしい尿酸カルシウム結晶(尿、pap、x50)
図63酵母型真菌と紛らわしいmyospherulosis(副鼻腔嚢胞液穿刺、pap、x200)
図64クラミジアと紛らわしい細胞質内変性空胞(子宮腟部擦過、pap、x100)


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索 引
   本文中の箇所 写真
A:Acanthoamoeba castellani4. 原虫感染症 図40
Adenovirus3. ウイルス感染症 図34
Alternaria alternaria6.病原体と紛らわしい構造物 図58
Aspergillus fumigatus2. 真菌感染症 図23 図26
B:Babesia microti 4. 原虫感染症 図47
BK virus3. ウイルス感染症 図30
Brugia malayi 5. 蠕虫感染症 図55
C:Candida albicans2. 真菌感染症 図20
Candida glabrata 2. 真菌感染症 図21
Chlamydia trachomatis 1. 細菌感染症 図13
Clonorchis sinensis 5. 蠕虫感染症 図49
Cryptococcus neoformans2. 真菌感染症 図25
Cryptosporidium parvum4. 原虫感染症 図39
Cytomegalovirus 3. ウイルス感染症 図32
D:Doderlein’s bacilli1. 細菌感染症 図9
E:Encephalitozoon cuniculi 4. 原虫感染 図41
Entamoeba gingivalis4. 原虫感染症 図38
Entamoeba histolytica4. 原虫感染症 図37
Enterobius vermicularis5. 蠕虫感染症 図52
Epstein-Barr virus3. ウイルス感染症 図33
F:Fasciola hepatica5. 蠕虫感染症 図50
G:Gardnerella vaginalis4. 原虫感染症 図10
Giardia lamblia 4. 原虫感染症 図36
H:Helicobacter pylori 1. 細菌感染症 図18
Helicosporium6.病原体と紛らわしい構造物 図61
Herpes simplex virus3. ウイルス感染症 図31
Human papillomavirus3. ウイルス感染症 図28 図29
K:Klebsiella pneumoniae 1. 細菌感染症 図3
LLeishmania tropica 4. 原虫感染症 図42
Leptothrix 1. 細菌感染症 図11
N:Neisseria gonorrhoeae1. 細菌感染症 図14
Nocardia asteroides1. 細菌感染症 図8
P:Papovavirus3. ウイルス感染症 図30
Paragonimus westermani5. 蠕虫感染症 図48
Plasmodium falciparum4. 原虫感染症 図45 図46
Plasmodium vivax 4. 原虫感染症 図44
Pneumocystis carinii 2. 真菌感染症 図27
Pseudomonas aeruginosa 1. 細菌感染症 図12
S:Schistosoma hematobium 5. 蠕虫感染症 図51
Staphylococcus aureus 1. 細菌感染症 図1
Streptococcus milleri 1. 細菌感染症 図4
Streptococcus pneumoniae1. 細菌感染症 図2
Strongyloides stercoralis5. 蠕虫感染症 図48
T:Torulopsis glabrata 2. 真菌感染症 図21
Trichomonas vaginalis4. 原虫感染症 図35
Trichosporon cutaneum 2. 真菌感染症 図22
Trypanosoma gambiense4. 原虫感染症 図43

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謝 辞
 本原稿は、藤田保健衛生大学医学部第一病理学の堤 寛先生のご好意によるものであり、(株)文光堂の「病理と臨床」の臨時増刊号「細胞診断」に投稿した原稿を、そのままの形で転載することを条件に許可を得ております。また、2001年10月14日に臨床細胞学会兵庫県支部平成13年度細胞診従事者講習会で行われた、堤先生による「感染症の細胞診」の講演内容を元にしております。堤 寛先生と(株)文光堂様、並びに兵庫県支部に対しまして、ここに謹んでお礼を申し上げる次第です。なお、堤 寛先生著、「感染症病理アトラス」(文光堂)にさらに詳しく解説されておりますので、是非参照してください。
 

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